Cardician's Blog

映画鑑賞のようにマジックを楽しむ習慣を

傘とAI(機械学習と深層学習)

こんにちは。工藤悠也です。

今日、東京は雨でした。いやー。苦手です。雨。

 

濡れるのが。。

 

傘をさして、小さくなって、ちょろちょろと外を歩いていると、

なんだか惨めな気分になってきて、それからイライラしちゃうタイプです。

 

以前、Twitterでもつぶやいたことがあるんですが、

傘って、200年くらいイノベーション起きてないですよね。。。

 

江戸時代からずーーっと同じ形。。。

 

風に強かったり、逆向きに開くことで畳むときのストレスがなかったりとかはしますが、

根本的に、頭上に簡易的なカバーを作ることで上半身はほぼ濡れないけど、

下半身はめっちゃ濡れる構造からは脱却してない。

 

そもそも雨の日に歩行しなくても良い。というようにするしか方法は無いのでしょうか。。

 

どのように発達したら良いのか、さっぱり想像もできませんが、

消費者は自分が本当に欲しい物は目の前に出されない限りわからない。

というデザイン思考(プロトタイプ思考)に則ると、

どこかの天才がソリューションを作ってくれるのを待つしか無い気がしています。

 

◆昨日、AIの話をしました。

今日、たまたまAIについて情報を漁っていて、

面白いなと思うことがあったので、ここに書き留めます。

 

AI、人工知能っていいますが、厳密な定義はいくつかあるようで、

AIレベル的なものがあり、大体4段階で表すことができるそうです。

 

レベル1,2は普通のコンピュータで、

レベル3,4からいわゆる人工知能と呼ばれるものらしいです。

 

ここまでは、まぁ何事もレベル分けはできるもんだよなぁ面白い。

ぐらいだったんですが、

 

そこで、機械学習と深層学習(ディープラーニング)は違うんだ!という話がありました。

これが!面白かったんです!

 

ざっくり解説すると、

 

機械学習というのは、

人が決めたモデルに沿って、大量データから学習し、犬と猫を判別できるようにすること。

 

ディープラーニングというのは、

大量データから、機械がモデルを作り、犬と猫を判別できるようにすること。

 

 

つまり、機械学習では、人が、

「犬と猫は、耳と口と目と体格と尻尾の形が違うから、そこに着目すべし!」

という判別ルールを決めてあげないといけないのに対して、

ディープラーニングでは、

犬と猫を判別すべき着眼点を、機械が大量データから勝手に抽出して、学習するため、

人が犬と猫の判別方法を教えなくても、

機械に大量データを喰わせれば判別できるようになるんです。

 

演繹推論で例えます。

 

演繹推論とは、

事実事象:「ソクラテスは人間だ」

ルール:「人間は必ず死ぬ」

推論結果:「ソクラテスは必ず死ぬ」

 

という、

A=B、B=C、ならば、A=Cである。

という論法のことです。

 

機械学習では、人が「ルール」を教えてあげる必要があったのですが、

ディープラーニングでは、「ルール」は大量データから自動で生成されることになります。

 

◆で?その違いがなんなのか???

で、その「ルール」というものを人が教えなくても良い。ということの何が面白いのかというと、

 

人自体が、犬と猫の判別ルールを知らなくても、今後は判別できるようになるんです。

 

つまり、人が判別できない複雑な事柄や、複雑に絡み合った問題に対して、

機械が勝手に判別ルールを見出してくれるようになるわけです。

 

一部の天才にしかできなかった仕事(もしくは天才でもできなかった仕事)に対して、

機械が肝となるルールを見出し、教えてくれることにより、

凡人でも、再現性高く、(現在の)天才レベルの仕事ができるようになるかもしれないです。

これまで人類が"たまたま"でしか太刀打ちできなかった領域に、

再現性という武器をもたらしてくれる可能性があります。

 

一部の天才にしかできなかった領域について、

「センス」という曖昧な言葉で語られてきた能力が、

徐々に再現性のある「スキル」に変わっていくということではないでしょうか。

 

「センスと経営」という楠木さんの本がありましたが、

 

・センスのない人間に〇〇はできない。

・そのセンスは生まれ持った物だから、今から君が頑張っても無駄

 

という理論は、感情的に受け入れたくないなーと思っていたので、

今日のこのことを知って、AIが発達することによって、

もっと人は、自分が能動的に輝ける仕事ができるようになるだろうな。

と、前向きな気持ちになれました。

 

雨の憂鬱が解消されて、良い1日でした。

 

それでは、また。